「運用保守って楽そうでいいね」
正直、この言葉を聞くたびにちょっと苦笑いしてしまいます。
確かに、開発のような締め切り地獄や、深夜のリリース作業とは違う種類のしんどさかもしれません。でも、19年やってきた私にも「あのときは本当にきつかった」と今でも思い出す経験が、いくつかあります。
今回は珍しく、しんどかった話を正直に書きます。
きれいごとなしで。
しんどかったこと①:50社管理、頭の切り替えの限界
現在、私は約50社の運用保守を担当しています。
「50社」と言葉にするのは簡単ですが、実態はこういうことです。
午前中にA社の障害対応をしながら、B社の月次報告書を書いて、C社の担当者から「ちょっといいですか」と電話が来る。午後はD社の年次計画の見積を作りながら、E社のセキュリティパッチ適用の承認を取りに行く。
1日の中で、何十回も「文脈の切り替え」が発生します。
これが、じわじわとくる。
技術的な問題よりも、この「頭の切り替えコスト」が積み重なって消耗していくんです。A社の障害対応モードのまま、B社の打ち合わせに入ってしまって、的外れな返答をしてしまったこともありました。
特にしんどいのが、深刻度の違う案件が同時に走るときです。
片方では重大障害が発生していて、もう片方では来週の定例会議の資料を求められている。どちらも「相手にとっては最重要」なんです。でも自分の時間と集中力は有限です。
この問題、完全には解決していません。今でも格闘中です。
今やっている対策としては——
- 午前中は「重要度の高い案件」に集中し、メールや電話の返信は午後にまとめる
- 案件ごとにメモを残して「どこまでやったか」を可視化する
- AIを使って議事録・報告書の作成を自動化し、頭を使う作業を減らす
それでもまだ完璧じゃない。50社を一人の人間が管理することの限界を、毎日少しずつ感じています。
しんどかったこと②:炎上案件と、無理な見積の代償
これは、今でも苦い記憶として残っています。
あるとき、顧客からシステムの移行プロジェクトを任されました。スケジュールはタイト、予算もギリギリ。でも「なんとかなるだろう」という楽観的な見積を出してしまった。
テスト工数を削りました。トラブル発生の余裕を見ませんでした。
結果は、案の定の炎上でした。
移行作業中に想定外のトラブルが連発。テスト不足が原因で、本番環境でしか再現しない問題が次々と出てくる。夜間対応が続き、顧客への報告が続き、チームのメンバーも疲弊していく。
あのときの教訓は、今の私の仕事の根幹になっています。
見積でテスト工数を削ってはいけない。トラブル発生を必ず織り込む。楽観的な見積は、後の炎上の導火線になる。
顧客に「もう少し予算をください」と言うのは勇気がいります。「高い」と思われるのが怖い。でも、無理な見積で請け負って炎上した方が、顧客にとっても自分にとっても、何倍もダメージが大きい。
あの炎上を経験してから、私は見積に対して必要以上に慎重になりました。「安く見せる見積」より「正直な見積」の方が、長い目で見て信頼につながると、身をもって学びました。
しんどさの正体は、「全部が自分ごと」になること
2つのしんどかった経験を振り返ると、共通していることがあります。
「全部が自分ごと」になる重さ、です。
SES時代は、担当作業に集中すればよかった。社内SE時代は、システム全体を見ながら動けばよかった。でもチームリーダーになると、売上も、人も、顧客満足も、全部が自分ごとになります。
誰かに「どうすればいいですか」と聞けない場面が増えます。判断を間違えたとき、その影響がチーム全体に波及します。
これが、チームリーダーという仕事の一番しんどいところだと思っています。
それでも続けている理由
ここまで読んで「運用保守ってしんどそう」と思った方もいるかもしれません。
でも、私が19年続けてこられたのには理由があります。
しんどさと同じくらい、やりがいがあるからです。
炎上案件を乗り越えた後の達成感。50社を管理しながらも、顧客から「いつもありがとう」と言われる瞬間。メンバーが成長して、自分よりうまく問題を解決するようになったとき。
しんどさとやりがいは、表裏一体です。
「しんどいことがない仕事」は、やりがいもないことが多い。19年間、そう思いながらやってきました。
まとめ
19年で一番しんどかったことを2つ、正直に書きました。
- 50社管理・頭の切り替えの限界 → 今も格闘中。AIや仕組みで少しずつ改善している
- 炎上案件と無理な見積の代償 → 「正直な見積」の重要さを身をもって学んだ
しんどい経験は、全部財産になっています。
「運用保守のしんどい話をもっと聞きたい」「自分もこういう経験をした」という方は、ぜひコメントや問い合わせフォームから教えてください。


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