正直に告白します。
運用保守の仕事を始めたころ、私はこの仕事を「腰掛け」だと思っていました。
「とりあえず運用保守から始めて、いずれ開発に行こう」「ここは通過点だ」——そう考えていたんです。
それが、気づけば19年。今では「運用保守は自分の天職だ」と心から思えるようになりました。
何が私を変えたのか。今回は、運用保守を腰掛けだと思っていた自分が、天職だと気づくまでの話を正直に書きます。
「開発の方が上」という思い込み
社会人になりたてのころ、私の中には明確な序列がありました。
開発エンジニアが上で、運用保守は下。
新しいものを作る開発はかっこよくて、すでにあるものを守る運用保守は地味。スキルが身につくのは開発で、運用保守は誰でもできる——そんな思い込みがありました。
だから、運用保守の仕事をしながらも、心のどこかで「早くここを抜け出して、開発エンジニアになりたい」と思っていました。
今思えば、当時の私は運用保守の本当の価値を、まったく理解していませんでした。
転機①:障害対応で「ありがとう」と言われた日
最初の転機は、ある障害対応でした。
顧客の基幹システムが止まり、業務が完全にストップした。私は必死で原因を切り分け、復旧対応に当たりました。
数時間かけて、なんとか復旧。
そのとき、顧客の担当者からかけられた言葉が忘れられません。
「本当にありがとう。あなたがいなかったら、今日の業務は完全に止まっていた」
その瞬間、ハッとしました。
自分のやっている仕事は、誰かの仕事を、ビジネスを、確実に支えているんだ。
地味だと思っていた運用保守が、こんなにも人から感謝される仕事だったとは。このときの感覚が、私の中で何かを変え始めました。
転機②:「守る」ことの奥深さに気づいた
運用保守を続けるうちに、気づいたことがあります。
「守る」ことは、「作る」ことと同じくらい、いや、それ以上に奥が深い。
システムを安定して動かし続けることは、簡単なことではありません。
- 障害を未然に防ぐための監視設計
- 起きてしまった障害への冷静な対応
- 顧客のビジネスを理解した上での提案
- ベンダや関係者との調整
- チームをまとめるマネジメント
これらは全部、深い専門性と経験が必要なスキルです。「誰でもできる」どころか、極めようとすればするほど奥が深い。
開発が「家を建てる仕事」なら、運用保守は「家を維持管理する仕事」です。どちらが上でも下でもない。種類が違うだけ。
このことに気づいてから、運用保守への見方が180度変わりました。
転機③:自分の「向き不向き」が見えてきた
もう一つの転機は、自分の適性に気づいたことです。
運用保守を続ける中で、私は自分が「派手に何かを生み出すこと」より、「確実に物事を回し続けること」に喜びを感じるタイプだと気づきました。
- 障害が起きないように、地道に備えること
- システムが安定稼働しているのを見届けること
- チームのメンバーが安心して働ける環境を作ること
こういうことに、私は深い満足を感じる。
開発エンジニアに憧れていたけれど、本当の自分の適性は運用保守にあった。「やりたいと思っていたこと」と「向いていること」は、必ずしも一致しないんですね。
自分の適性に正直になったとき、運用保守が「腰掛け」から「天職」に変わりました。
「腰掛け」と思っている人へ伝えたいこと
もし今、運用保守を「腰掛け」「通過点」だと思っている人がいたら、伝えたいことがあります。
運用保守の価値は、続けてみないとわからない。
最初は地味に見える。スキルが身についている実感も湧きにくい。「本当にこのままでいいのか」と不安になることもあるでしょう。
でも、続けていく中で見えてくるものがあります。
顧客から感謝される瞬間。障害を乗り越えたときの達成感。システムを守り続けることの誇り。後輩が育っていく喜び。
これらは、続けた人にしか見えない景色です。
もちろん、本当に開発がやりたいなら、その道に進むのもいい。でも、「なんとなく運用保守は格下だから」という理由で抜け出そうとしているなら、一度立ち止まって、運用保守の本当の価値を見てみてほしいんです。
まとめ
運用保守を「腰掛け」だと思っていた私が、天職だと気づくまでの話をしました。
転機になったのは、3つの気づきでした。
- 障害対応で「ありがとう」と言われ、誰かを支えている実感を得た
- 「守る」ことの奥深さ、専門性の高さに気づいた
- 自分の本当の適性が運用保守にあると気づいた
「やりたいこと」と「向いていること」は違う。そして、地味に見える仕事の中にこそ、深いやりがいが隠れていることがあります。
運用保守、悪くないですよ。19年やってきた私が、心からそう思っています。


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